大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 平成元年(行コ)9号 判決 1991年7月29日

控訴人厳原労働基準監督署長

白井瀧雄

右指定代理人

糸山隆

佐々木正光

田苗恒美

松下徹夫

森下昭義

宮田厳

米田功

山道則之

被控訴人

市山ヨシ子

右訴訟代理人弁護士

古賀義人

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二 控訴の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決六枚目裏五行目「亡吉盛の死亡」(本誌五五一号<以下同じ>27頁2段15行目)の後に「に」を加える。

二  七枚目表八行目(27頁3段9行目)の後に改行して次のとおり加える。

「(三) また、本件事故は、本件水中ポンプ又はその動力ケーブルからの漏電により生じたものではない。すなわち、

(1)  本件水中ポンプの形状と事故発生当時の設置状況に照らし、漏電の可能性はなかった。

ア 本件水中ポンプは、高さが約七三センチメートル、底部の吸水口の円周が一〇七センチメートル、中央部の円周が九一センチメートルであり、ポンプ上端部から動力ケーブルに最も近いジョイント部分(以下「C結線部」という。)まで五〇センチメートルである。ところが、本件小川の川幅は、約一メートル、水深二〇ないし三〇センチメートルであり、本件水中ポンプは、川に立てた状態で設備されていた。

イ 動力ケーブルは、水中ポンプから二メートル近い高さの土手を伝って作業場の粒調機近くに設備されているスイッチに接続されていたのであり、C結線部は小川につかった状態ではなく、その絶縁効果に欠けるところはなかった。

したがって、本件水中ポンプ本体はもとより、C結線部からの漏電もなかったことは明らかである。

(2)  仮に、C結線部が水中にあったとしても、そこから漏電したり、更にはそこからの漏電により亡吉盛が感電して死亡した可能性はない。

ア 本件事故後、昭和五八年四月九日に牧野義春による本件水中ポンプの点検(以下「牧野点検」という。)が行われ、同月一一日に有限会社福親電機工業所の検査(以下「福親電機の検査」という。)が実施されているが、C結線部と本件水中ポンプとの間の絶縁抵抗低下の原因について検討すると、ポンプを陸に上げて行われた牧野点検では、五〇メガオームの絶縁抵抗値が得られたのに、水中の絶縁試験である福親電機の検査では、絶縁抵抗値が〇・〇五メガオームに低下しており、その原因としては、福親電機の検査では水中に入れられた三相、したがって、三本の動力ケーブルのC結線部のテーピングが不完全であり、そこから漏電が生じて、絶縁抵抗値が低下したことが指摘されている。

右のとおり、空気中の水中ポンプ及び動力ケーブルは、五〇メガオームという適正な絶縁抵抗値を示していたのであり、少なくとも、水中ポンプ本体からの漏電はなかったことが明らかである。

イ C結線部が水中にあった場合の漏電電流は、電圧二〇〇ボルトを抵抗値〇・〇五メガオームで除し、四ミリアンペアと算出されるが、これも第二種アース(ケーブルアース)の効果を無視した単なる計算上の数値にすぎず、C結線部に空気中用の絶縁テープが使用されるなどの不良があったとしても、実際には外部には絶縁しないか、漏電したとしても微弱なものにとどまるのである。すなわち、たとえ、水中ポンプ本体からのアース線が切られていたとしても、動力ケーブル中の三相のケーブルのうち一相(S線という。)は、ケーブルアース線止して必ずトランスの近くのアースセットに接続されており(第二種アース)、本件のように絶縁テープの材質が不適切であるためにC結線部の三相すべてで漏電が生じたと考えられるような場合には、この三相が近接しているために、あたかもS線が避雷針のような働きをして、そこで発生した漏電を吸い込んで、アースセットに流し込んでしまい、漏電はないことになるのである。

ウ さらに、亡吉盛は、当時安全靴を覆いていたのであり、人体の接地絶縁抵抗及び皮膚の絶縁抵抗が考慮されなければならず、仮に、C結線部が水中にあったとしても、漏電電流は四ミリアンペアの微弱なものであり、その際の作用電圧も人体抵抗値を五〇〇オームとすれば、二ボルトにすぎないから、人を感電死に至らしめるほどのものではなかったというべきである。なお、人体通過電流が数十ミリアンペアに至って初めて心室細動を引き起こし、感電死のおそれがあるのであって、人を死に至らしめる最低電流値は、五〇ミリアンペアとされている。

エ 本件水中ポンプは、事故後も正常に作動し、正常な絶縁抵抗値を示していたものである。

以上のとおりであるから、本件事故は、本件水中ポンプ等からの漏電による感電事故ではない。」

三  七枚目表末行(27頁3段14行目)の後に改行して次のとおり加える。「四控訴人の主張に対する被控訴人の答弁と反論

控訴人の主張中、本件水中ポンプからの漏電がなく、また、亡吉盛の死亡が漏電によるものではないとする点は、すべてこれを争う。

控訴人主張の四ミリアンペアは、福親電機の検査を前提としているが、同検査は検査当日にポンプを陸に上げ、陸上でポンプのケースと結線していたケーブルの結線部分の絶縁抵抗を測定したものであって、水中で測定したものではない。C結線部からは、テーピングの不良によって漏電していたのであるが、控訴人主張のように、三相すべてで漏電が生じた場合というのは、一つの可能性にすぎず、一相のみのテーピング不良であった可能性もあり、漏電による人体への影響は強かったことも想定される。

電流が五ミリアンペアでも心臓にショックを加えて急性心不全を引き起こす可能性は強い上、C結線部からの漏電の電流値はそれ以上であったことも推測される。

現場の状況等からすれば、亡吉盛は、業務遂行中に本件水中ポンプからの水中漏電による下半身への感電により、心臓に強いショックを受け、その結果、急性心臓死に至った可能性が強く、また、そのように認めるのが自然である。」

第三証拠

本件記録中の原審・当審における書証目録、証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

理由

一  当裁判所も、被控訴人の本訴請求は理由があり、これを認容すべきものと判断するが、その理由は、次に付加、訂正するほかは、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一〇枚目表一〇行目末尾「見ていた。」(28頁2段25行目)の後に「なお、本件小川は、川幅が約二メートルで対岸側は畑に続いており、なだらかであるのに比べ、作業現場事務所側は、高さ約二メートルの急な傾斜の土手になっている。」を加える。

2  一二枚目裏五行目「水没させ」(29頁1段21行目)の後に「、その底部に設けられた多数の吸水口から水を吸い込ませ」を加える。

3  一四枚目表四行目(29頁3段20行目)の後に改行して次のとおり加える。

「一方、当審における証人栗須正登の証言とこれにより真正に成立したと認められる(証拠略)(以下、併せて「栗須証言」という。)は、牧野点検の際の計測値については、充電後のものを正常な計測値と認めるべきであり、福親電機の検査は本件水中ポンプが水中にある状態で行われたもので、動力ケーブルのC結線部に異常があったと推認され、同部からの漏電の可能性を否定できないというのである。」

4  一四枚目裏三行目の「ないしその」(29頁4段8行目)から四行目末尾(29頁4段10行目)までを「本体からの漏電の可能性は少ないものの、その動力ケーブルのC結線部はテーピングが不良で、同部から漏電していたことは、優に認められるところといわねばならない。」と改め、五行目「本件水中ポンプ」の後に「(以下、動力ケーブルのC結線部を含めていう場合がある。)」を加える。

5  一五枚目裏三行目冒頭(30頁1段18行目)から六行目末尾(30頁1段26行目)までを次のとおり改める。

「3 これに対し、栗須証言は、前記のとおり、C結線部に異常があったこと及びこれに伴う漏電の可能性については不定しないが、右中園鑑定が通過電流を二二〇ミリアンペアとして感電死の可能性を肯定する点については、通過電流がそのまま漏電電流となるものではなく、本件では福親電機の検査による絶縁抵抗値が〇・〇五メガオームであることから、C結線部からの推定漏電電流値は四ミリアンペアにとどまり、亡吉盛が安全靴を覆いていたことや人体抵抗値が無視できないことなどから、亡吉盛の漏電感電による死亡の可能性はないというのである。

4  そこで前記認定の各事情と右証言等を総合して検討するに、もともと、亡吉盛には、急性心臓死を招くような病歴はないこと、前記C結線部からの漏電があったと認められること、本件水中ポンプの管理等をその担当の業務としていた亡吉盛が、そのすぐそばで、勤務時間中に発見されたことなどの時間的、場所的な近接の程度等を考えると、亡吉盛の急性心臓死と本件水中ポンプからの漏電による人体へのショックとの間には、因果関係があるものと推定するのが自然である。

本件事故の具体的な態様についてみても、本件水中ポンプ設置側の斜面が立ちにくい場所であったことは、前記のとおり救助に当たった坂本らも亡吉盛を一度対岸側に運んでいること、原審(人証略)もポンプ側が下りにくい斜面であったことを詳細に述べていることからも明らかであり、亡吉盛が斜面をずり落ちたようなかっこうで発見されたことも考慮すると、亡吉盛は、後記六で認定する理由で本件水中ポンプに近寄ったものの、急な斜面のために誤って小川に滑り落ち、漏電電流に感電したとみるのが相当である。漏電が推定される動力ケーブルのC結線部は、本件水中ポンプの取付部から五〇センチメートルの部分であるから、小川の深さ等を考慮しても同部は水中にあったとみるべきであり、亡吉盛が小川に落ちたのは、手を伸ばせば本件水中ポンプに届くほどの近い位置であるから、亡吉盛が落ちた際に水しぶき等により通電した可能性も否定できないところである。また、亡吉盛の身体に電撃による跡が残っていなかったとの点も、水中での感電の場合には電流斑がみられないことがしばしばあるとの前記中園鑑定の結果に符合し、右認定の事故の態様を裏付けるものといわねばならない(したがって、<人証略>は、亡吉盛が安全靴を覆いていたことや人体表面の電気抵抗値が無視できないとの点を感電死否定の一つの根拠とするが、前提とする事故の態様が異なるというほかはない。)。

また、電流の強弱と感電による死亡の可能性についてみても、成立に争いのない(証拠略)によれば、感電電流が数十ミリアンペアのときに、心臓を動かしている筋肉、すなわち、心筋がけいれんし、死亡するおそれがあり、この心室細動電流の最低値としては五〇ミリアンペアを考慮する必要があり、一方、五ないし二〇ミリアンペアの電流が人体を流れると、筋肉がけいれんし、動かせなくなるもので、この不随意電流の最低値としては五ミリアンペアが考慮され、更に人体の大部分が水中にある状態での人体に対する安全な電圧(許容接触電圧)は、二・五ボルト以下(ただし、人体抵抗を五〇〇オームとし、溺死の可能性を考慮したもの。)とされているというのである。

しかしながら、(人証略)が推定する漏電電流四ミリアンペアは、前掲福親電機の検査の絶縁抵抗値を前提として計算されたものであるが、福親電機は本件水中ポンプの納入業者である上、なお、ある程度の計測上の誤差がないとはいえないし(<人証略>も、水質すなわち小川の状況により絶縁効果が異なる旨の証言をする。)、(証拠略)によれば、感電保護については、通電電流値のほか、電流通過時間や電圧も考慮すべきものとされ、心室細動の発生の人体特性は、電流と時間の関数で表されるというのであるから、電流値が低くても、通電の時間が長い場合には人体への影響は大となると考えられるところ(<人証略>も通電時間が考慮されねばならないことは認めている。)、前記認定の本件事故の態様によれば、亡吉盛は、相当時間、寒気の水中で感電していたままであったと認められるから、かかる場合、心室細動に影響を与えなかったとは断じ難く、亡吉盛の感電による心臓停止、死亡の可能性は否定し難いところといわねばならない。

そのほか、(人証略)中、三相ケーブルのうちのS線の結線部のテーピング不良のときは、アースの代役をすることがあるとの部分も、漏電しない場合の一可能性を述べたにとどまるというべきであり、直ちには採用することができず、ほかに亡吉盛が本件水中ポンプからの漏電電流に感電し、そのショックにより死亡したとの推認を覆すに足りる証拠はない。」

6  一七枚目表初行「亡吉盛の服装」(30頁3段15~16行目)から同行「至った事情」(30頁3段16~17行目)までを「亡吉盛は防塵マスクをつけるなどの作業時の服装のままであったことやその所持していたたも網も(証拠略)から認められる作業現場事務所や駐車場の位置等に照らすと、粒調機付近に備えてあった業務用のものとみるのが自然であること、当初、亡吉盛が本件小川の畑側に立っていたのも、本件水中ポンプが設置された作業所側の土手は、足場の悪い斜面であり、ポンプに近づきにくかったことによると推認されることなど」と、三行目「通常」を「到底」と改め、四行目「使っていて感電し」の後に「、小川に滑り落ち」を加える。

二  よって、被控訴人の控訴人に対する本訴請求は理由があり、これを認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 奥平守男 裁判官 石井義明 裁判官 牧弘二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例